(2593)法律

 同棲の結婚を法的に認めるかどうか議論のタネになっています。現行の民法は結婚について明治時代から改定されていないとか。これを変えるには憲法の修正が必要とか。それなら憲法を変えればいいのに。日本人の融通の無さが現れています。

 毎国会で多くの法律が審議されています。しかしその原典はすべて憲法に則っています。私も学生時代に憲法、民法、商法などを教わっているのでこうしたことは記憶の範囲内。ただ商学部だったため商業に関する部分だけ。他の部分は直接関係ないと重きを置いていませんでした。

 こういう部分は憲法に抵触しない範囲で随時民法も商法も改定が加えられています。現在の流れに合わせるため改定されて当然というためだと思います。

 法は社会生活を円滑に営むためのもの。それに馴染まねばどんどん改定されて当然と思います。結婚、男女差の問題も同じレベルで考えられないのでしょうか。アメリカでもロシアでも随時憲法改定が行われているそうですがそういう融通ができないのか考えさせられる問題だと思います。

(2592)介護日誌 19 ショートステイ

 ご無沙汰しがちの故郷、関西に年2、3回ぐらい戻ることがあります。しかし家内の介護が始まって以来、必ずしもうまく日程が合わず関西での会合も欠席しがちになってすでに数年。

 そうしたときにケアマネから、ショートステイをもっと活用すべきという助言を得て早速申し込んだのは一昨年の春。しかしお目当てのところはすでに満杯。他の初めてのところなら空いていると言われたのですが、家内は慣れている施設が良いというので結局見送り、3ヵ月ほど前に予約を入れて最初の利用がその年の秋でした。

 使ってみるとこれはこれで私の負担が軽くなるのを感じ、昨年春からは毎月定期的な利用にしました。このようにしておけば急に関西に行かねばならないときも振替えてもらうなどの便宜も図れ、東京である元の仕事仲間達との月例会にも一応落ち着いて顔を出すことができます。

 それ以前からデーサービスは利用していますが、夜の月例会には参加できません。そういう意味でもショートステイ制度はなかなかの価値があると得心したものでした。

(2591)団地の未来

 私が上京した昭和30年代、戦後10年を経過しても庶民の住宅事情は決してよくありません。今でこそマンションとかレジデンスだとか高級な集合住宅が流行り、公営住宅の充足率はそれほどでもないとか。

 杜氏の公営住宅は風呂場もないほど。そういう中で公団住宅は中堅サラリーマンの憧れで抽選倍率の高いこと。10回落選すれば当選率が上がるというほどでした。幸い私の場合、上京してすぐに空き家団地をエントリーしておくと3ヵ月ほど待っただけで入居できました。もっとも単身者用の1部屋だけのものでしたが。風呂とトイレは共同利用。

 時あたかも団塊世代が誕生する頃です。人口問題研究所はこの調子では近い将来、日本の人口が増えすぎて食糧難になるだろうという予測をしていました。しかしその時に高齢者が増えるという予測はしていなかったという記憶があります。あるいは人口増の計算に誕生する人の他に高齢者が増加するということも織り込まれていたのかもしれません。

 いずれにせよその頃公団住宅に入居した人たちが歳を取れば異動することがなくなり、逆に若者は団地外に飛び出して行くことは読めたはず。就職すれば転勤があっても定年まで雇用が保障される当時の会社制度ではいずれ公団住宅が高齢者ばかりになるだろうという予測はついたはずです。

 本来ならその時にこうした場合の対策を行政は考えておくべきだったのではと思います。現在公団住宅は高齢者住宅になったという声を聞きますが、そうした対策の遅れが結果を招いたような気がしているのです。

(2590)ピロリ菌

 食べ物がのどを通らなくなり、いろんな検査を受けているうちピロリ菌について陽性反応が出ました。そのため抗生物質を処方され、1週間飲み続けるよう指示されましたがのどが顆粒状の薬さえ吐き出す有様では。

 しかし自分の体、ここはなんとしてもと毎日朝晩の2回5錠のカプセルを飲みついに昨夜完飲。途中で口にのどからカプセルが戻ってきたことも2,3回ありましたが、一応成功。

 これから約1ヵ月、経過を見ることになりました。薬を飲むのも肝心ののどでせき止められるようでは。大変な思いをした1週間でした。

(2589)往診

 今は「在宅診療」というのですか?近くのクリニックには「在宅診療受け付けます」といった張り紙をしているところが増えてきたような気がします。戦後は急病になっても自宅に医師が来てくれなくなったと感じているのは私が都市部に住むようになったからなのか、それとも救急車が走るようになったからなのかはわかりません。

 都市部といっても疎開地はもちろん、青森や大津といった都市に住んでいた頃、私が腹痛や風邪をひくと親はすぐかかりつけの医師を呼びに行ったことを覚えています。自宅に電話がなかったので電話を持っている顔馴染みのお店に走り電話をかけたり、直接医院のドアをたたいてすぐ来て欲しいと頼んだ親の姿が今でも。

 夜中でも医師が看護婦を連れて駆けつけてくれ、それまでの間に我が家ではお湯を沸かして先生の来診を待ちます。手当が住めば先生があとで薬を取りに来てくれと言い残して帰られました。もちろん疎開地でも同じ。

 現在は何かあればすぐ救急車の世話になりますからまだ在宅診療を受けたときの状況はわかりません。しかし夫婦とも高齢の域に達した我が家のこと、クリニックに行く力がなくなれば在宅診療をお願いすることがあるかもしれません。

 当然昔の携帯と違うと思いますがシステムについて知っておかねばと考えています。

(2588)骨皮筋右衛門

 冬物のコート類をクリーニング屋に持って行くと、あなたはずいぶん痩せたがどうかしたのと聞かれました。友人達との会合でも同じようなことを言われます。仕方がありません。なにしろ食べ物がのどを通らず胃袋に入らないのですから。

 どうも普通の嚥下障害と違うような気がします。食道と肺に入るものを切り替える弁が狂っているなら、肺が痛いはずですがその前の段階でのどに食べ物がひっかかているような気持ちです。

 若い頃に痩せた人を見て「骨皮筋右衛門だ」と勝手なことを言っていたことを思い出しました。初めて聞いたときは本当にそういう名前の人がいるんだと思い込んでしまって笑われたのです。

 でも今は自分がそう呼ばれそうなほどに。たまたま今日はエイプリールフール。昨夜は満月。桜と満月はあまり見られる光景でないだけに昨夜は花の名所に自称写真家が詰めかけたのではと思いますが、私は満月どころかまさに骨皮さんになろうとしています。

 体重計の乗るのが恐ろしい最近。エイプリールフールでなくほんとうに今起きている現象だけに恐ろしい気がしています。

(2587)「記憶にありません」から「刑事訴追の恐れ」へ

 先日の国会における証人喚問、証人はさかんに「刑事訴追の恐れがあるから返事ができない」と繰り返しました。結局議員さん達はなにも明らかに出来ずテレビを見ていた国民もがっかり観があったのは否めません。

 こういう言い分けが利くということは国会より司法の方が重いと言うことになるのでしょうか。裁判に一般人も参加させる時代にこういう国会軽視のような行動が許されるのはおかしいと思います。

 そこで思い出したのがかつて「記憶にありません」と繰り返した証人がいたこと。今回の「刑事訴追」は昨年か一昨年国会が呼んだ、問題の学園理事長も同じことを繰り返した記憶がありますが、それでもいくつかのことは明らかになりました。

 「記憶にありません」と言われれば攻める方法がなく、今回の「刑事訴追の恐れ」でコマをなくしてしまい証人本人が「真相は明らかにならなかったと思う」という発言にも反論できない現実。

 この上は中学生棋士に攻め方を教わらねばならないような複雑な気持ちを抱きました。

(2586)介護日誌 18 (18.03.25)

 一人歩きは方向感覚が無くなり、自宅がわからず帰宅できなくなっていることから私が同行して散歩に出かけるとき以外外出しなくなった。そのためか足腰が弱くなり、ベッドから1人で立ち上がることもできない。

 和室で寝るためベッドを置かないようにしていたが、ケアマネ達の和室に入るベッドのレンタルを利用することを奨められ、踏み切った。この際介護用品のレンタル制度を活用するようにとの助言で外出用歩行器なども検討中。

 カタログを見るとほんとうにいろんな器具がレンタルに供されていることを知る。これも勉強の一つかと検討中。とにかく普段徒歩7,8分のところにあるクリニックに行くにも途中で休憩しなければならないのだから。

(2585)ニュースの顔

 冬季オリンピック、パラリンピックが終わりスポーツ界は休養かと思えば、大相撲に選抜高校野球、プロ野球も間もなく開幕。スポーツファンならテレビ観戦も忙しいシーズンです。

 NHKはEテレやサブチャネルまで使ってこまめに各種スポーツ中継を見せてくれます。それぞれにテーマミュージックをつけて。

 スポーツ中継のテーマは戦後早く取り入れられたというような記憶がありますが、各アマスポーツにも入るようなことはいつ頃から始まったのか覚えていません。ただニュースのテーマは戦時中に聞いていました。日本軍の活躍と撤退が始まった頃から。

 NHKの朝ドラは現在、太平洋戦争が始まった時代を描いています。この頃にはまだテーマ音楽はありませんがその後、ニュースの始めに大本営発表が置かれるのが常になります。放送に女子アナはいませんからすべて男性の声。とくに大本営発表などは軍人のいかつい声。

 国民を下に置いた態度がありありとラジオを通して感じられました。いわゆる上から目線。今、共産国の放送でも女性が勇ましくアナウンスしていますが、とげとげしさが見られません。日本が戦争をしていた時代との差を感じるのです。

 時々中国や北朝鮮の国営放送の様子がニュースに出ますが、北朝鮮のニュースを読む女性アナ、自国の祝い事には穏やかな笑顔、他国を非難するときの表情は険しく顔が演技しているようで見ていて面白い。いまのにほんがおなじたちばにおかれればやはり同じような表情が見られるのか気になり出しました。

(2584)腕の組み方

 どうでもいいことながら考え出すと気になって仕様がない、といったことがままあるものです。ラジオ体操の腕が重なるとき、左腕が上になるのか、または逆なのか、といったことでも気にするとどうなっているのか。

 ラジオ体操を習った小さい時は文字通りラジオ放送または学校のレコードを聴きながらですからそんなことに気を取られません。ところが今はテレビでも体操番組を取り上げ、その中でラジオ体操第1,第2を見せてくれます。

 近くの団地公園に毎朝有志が集まってラジオを聞きながらラジオ体操を実施していますが、そういったものに参加していない私はテレビの講師たちが実演してくれるのを見ながらラジオ体操を行っています。

 学校で体育の講師は生徒のほうに向かって体操をするため左右逆の演技をしている。だから生徒は講師がするとおりに、たとえば先生が右足をだしたとき生徒は左足から、という具合でした。

 その頃は気がつかなかったのに今になって気になりだしたのは、腕が重なる場合右が上か左腕が上になっているのかという疑問が出てきたのです。足を出すときは動き幅が大きいのでわかりやすいのですが、腕組みの場合は瞬時の動きですからよく見ていないとわからない。

 結局複数の講師が手本を見せるのをよく見ていると左が上になるモデル、右を上に重ねるモデルとまちまちになっていることがわかったのですが、そんな些細なこともよく考えるとわからなくなってしまう、そんな出来事が結構世の中に多いと感じるのでした。

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