(2434)中途半端な対応

 2度目の東京オリンピック、昭和15年開催がきまりながら返上したのを含めれば3回目になりますがそれはこの際どうでもいいこと。問題は今度のオリンピックがいろいろ問題を提起してくれていることです。

 私の記憶では前回は道路などの整備、ホテルの新規開店などがありましたが環境整備について問題があったのかどうか記憶が定かでありません。オリンピックのためならという空気があったからかもしれません。

 しかし庶民が環境問題に目を光らせるようになった、今度のオリンピックはいろいろと問題がでってくると思われます。国会もそうしたことを踏まえてか、人が集まる場所での禁煙を義務づけるとか。またそれに反対する議員が少なくないと報じられています。

 文明国の中で日本の喫煙率は高いということです。世界の恥だから飲食店などでの喫煙を禁じるというのですが、小さな居酒屋などが反対するのも無理はありません。外人観光客を気にして喫煙を押さえようというのでしょうが、人が集まる場所を一律に律しようと言うところに無理があります。ところが日本という国はなんでも一律に取り締まるのが好きなようで。

 そもそも10人程度しか入らないような居酒屋に外人観光客が入るのか?そんな店に喫煙室を作れというのは土台無茶な話。トイレがないほど狭い店だってあります。そんなことで国会審議が紛糾するのが日本的。

 一律にというのなら国内全土禁煙とどこかの国のように徹底すべきです。もちろん国内でのタバコ販売も禁止です。タバコ税に期待する自治体は困るだろうな。吸う場所がないのにタバコは売りたい。そんなことを許すから中途半端な政策しか取れない。

 それにしてもおかしいと思うのは何事もオリンピック観光客のためという気の使い方。すでに昨年の外国人観光客数は過去最高を記録しています。一過性のオリンピックよりリピート観光客を気にすべきなのでは。

 またそういう客は喫煙可能店、禁煙店を選んでいるでしょう。我々だって海外に行くときはそういうことを考えて入店していますから。法は一律に当てはめるのでなく喫煙可能、禁煙の表示を店頭に掲げさせればよいのでは。喫煙家のであれば外に煙が流れ出ないような対策を取らせる方が早く片付くと思うんですが。

 物事は四角四面に適用させようとすれば無理が生じるものです。

(2433)高齢者の事故

 高齢者が増えたからなのか、年齢の限界に来ているのか、最近は遭難事故、交通事故、犯罪への巻き込まれ事件、とにかく高齢者の事故、事件が多く伝えられます。あるいはそれだけ高齢者の存在が目に付くのでしょうか。

 よく見ていると若い人も管理地以外で滑る山スキー、強風下でのサーフィン、無届けの登山などルールを守らない人の事故が少なくないのに気がつきます。特別高齢者だからというわけではなさそう。

 しかし酒酔い運転、歩道への乗り上げ、横断中の歩行者をはね飛ばすなど、本来年配者だから若い人に範を示さねばならないのに、悪質な事故が多いのを否定できません。

 住環境にもよるでしょうが、私の場合は昨年の誕生日前に免許証を返納しました。事故も起こしたことがないのにゴールドでも3年更新。その前に更新したときから数回レンタカーを使いましたが、介護する立場になり遠出もしなくなれば運転する機会がなく、3年ごとの更新テストが面倒くさい、という思いのほうが強くなり返納。

 代わりに交付された証明書は身分証明として便利。それ以外のメリットはありませんが気が軽くなったのも事実。運転しなければ事故を起こす心配もありません。年、数会関西に行っても街の交通機関で充分。

 人はさまざまな環境の中に住んでいますから、私の例がみんなに当てはまると言えませんが、バス、電車があればそれほど不便を感じないという思いを強くしています。ただし、交通機関運営者もこうした人たちの要望を聞き入れ、運転本数やコースなどより利用しやすい環境作りをすることが前提です。

 現役時代には深夜バスの運行などがあったはずなのに、いつの間にか消えてしまっています。利用しない方が悪いのか、時代に合わなくなったからなのか、関係者のコメントがないので理由はわかりませんが。

 いずれにせよ高齢者から免許を取り上げるだけでなく、それに代わる方策を講じるのが先決だと思います。

(2432)オリンピック優先

 東京オリンピックといってもまだ3年以上先の話です。しかし今から準備にかからねば間に合わないのは前回の東京五輪、その他世界中の開催国のそれを見てもわかります。

 前回の東京五輪、あの時はまだ市民に我慢強さがありました。五輪のためなら出来る我慢はする。という意識があったかどうか、とにかく高速道路、ホテル、新幹線、競技場等一斉にあちこちで工事が行われたため青空が見えることはなく、いつも東京上空はどんよりとスモッグが立ちこめていました。

 今回はエンブレム、国立競技場、その他で権利問題が発生し明らかに着工が遅れています。残りの期間ですべて計画通り完成させようとするならまたぞろ、東京の空は大丈夫でしょうか。今回は市民の五輪を見る目が覚めています。前回のように健康被害が及ぶようなら、強引な工事の進め方などがあれば黙っていないでしょう。

 この半世紀、庶民は環境と健康にシビアになることを学びました。工事の進展につれいろいろと問題が提起されそうな気がします。それなのに。

 今までの経過を見ていると実施準備に携わる人たちの見方が半世紀前とちっとも変わっていない。庶民感覚が研ぎ澄まされ当時と変わっているというのにその変化に気付いていない。そんな気がしてなりません。

 五輪に合わせて高速道路や高速鉄道を完備するという計画、かつて日本橋の景観が高速道路で奪われたようにまたも「そこのけそこのけ」式が繰り返されそうな。いざとなれば水戸黄門のように「これが目に入らぬか」と五輪の印籠をかざしてみせるようなものの見方。

 豊洲の市場が出来なければ築地を通る高速が作れないと言うことですが、もはやそんなことを言っている余裕がないと思います。口の安全より五輪が優先するというのは本末転倒しているからです。駄目なら次の手を講じないと。

 「そこのけそこのけ」が通用すると思うからこんな悠長な構えなのか?アメリカで見たような既存の施設を2階建てにするとか別の方法があると思うのに。傍観者がイライラしてもしようがないけど。

(2431)親戚を地名で呼ぶ

 どこの家庭でもこういう言い方をするのかどうか、よくわかりませんが我が家では子供時代から、東京の伯父、神戸の叔母というような呼び方で親戚を呼んでいました。父方、母方のいずれも同じ言い方で周囲はそれで話が通じていたのです。

 おかげで女性の嫁ぎ先の姓が覚えられなかった記憶がありますが、男性はおおむね姓が変わらないので姓を呼ぶと却って話が通じなくなります。「それはどの伯父さんのことだ?」と聞き返されたりして。もっともそういう場合は名前を呼んでいましたがそれは大人同士の話。子供はそういうわけにゆきません。

 結婚して感じたのは関東方の妻のほうも同じような呼び方をしていました。違ったのは私の方は日本中のあちこちに散らばった人が多く、子供にもわかる地名でしたが妻のほうはは狭い範囲に住む人が多く、字(あざな)が代名詞になっていたこと。そうなるとおのぼりさんのほうはわかりません。

 テレビ番組を見ていると最近は国際結婚が珍しくありません。もともと国境を接しているところの多い欧米諸国は純粋な人種を探すのが難しいくらい。国際化の波に洗われている日本もいずれ国際結婚が多くなるかもしれません。

 そういう時代になるとアメリカの伯父、ドイツの叔母なんていう呼び方になるのかもしれないと考えることがあります。つまらないことを考える暇があれば遺言でも書けばいいのに。

(2430)風邪

 バカは風邪を引かぬと若いときからバカの一つ覚えのようなことを言ってきましたが、ついに家内がかかったインフルエンザに感染してしまいました。熱は一時的で医師に処方してもらった薬のせいかすぐに引きましたが、咳がなかなか取れません。

 風邪は人にうつせば治るとは現役時代に聞いたことです。しかし私に菌を撮した妻も咳が取れず咳止めの薬を飲んでいます。風邪とインフルエンザでは菌のしつこさが違うのでしょう。

 それにしても風邪にまつわる言い伝えはここに書いたように、昔からいろんな言い方があるものだと思います。それほど注目される存在の病だといえるのかもしれません。

 その究極の言い方、風邪は万病のもと。気をつけるに越したことはありません。

(2429)宅配と地図

 大きいものを買った時など配達を依頼することがままあります。飲食店に出前を頼むこともたびたびありました。そうした時いつも近くの目印を訪ねられたり、自宅周辺の略図を書かされるのが常でした。配達依頼書には地図を書く欄まで刷り込んでいるものさえあったほどです。

 先日、出前を頼み住所と近くの目印を教えようとすると「地図がありますから結構です」。たしかに今は個人名の入った住居地図が販売され、ネット上の地図でも住所を打ち込めば詳しく教えてくれるようになっています。

 スーパーや生協は電話で頼めば欲しいものを住所を知らせるだけで間違いなく配達してくれます。便利になったと感じます。しかしそれが悪用されるようになると恐ろしいという気もします。

 便利さの裏返しは恐怖、改めて考えさせられるのです。かといって便利さが損なわれれば、これからますますこうしたサービスを利用したいと考える高齢者には迷惑な話。世の中、すべての人が善人でないところに問題がありそうです。

(2428)合区と中等学校野球

 参議院の合区制度、すでに四国と山陰地方で実施されましたが、隣県だからと一緒にする前に歴史、風土を考えに入れるべきだと思います。ここで思い出したのが高校野球大会の前身、中等学校野球大会です。当時は今のように各都道府県から必ず1校以上出場させるというのではありません。

 試合日程の関係かどうか知りませんが2県で1校という地域がありました。近畿地方では奈良と和歌山で紀和代表、滋賀と京都で京滋代表というように。三重は岐阜と組んで三岐代表だったかな?もちろん東京や北海道は1校だけだったと思います。

 考えればこの制度はかなり合理的な組み合わせだったかもしれません。予選出場校が府県で大きな違いがあると全体的な日程バランスを崩すからと聞いたことがあります。野球の強さから見れば和歌山勢にどうしても勝てなかったなら勢。奈良県に住んでいたので地元校を応援したくてもなかなか甲子園に進んでくれない。結局甲子園では紀和代表という和歌山勢を応援するようなことに。

 奈良県の半分を占める山岳地、南の方の村から県庁に行くのに一旦新宮に出て奈良に向かうほうが楽と言われていた時代のことです。琵琶湖と京都も疎水運河などの結びつきがあり、それほど違和感を持ちませんでした。他の2県で1校を送り出した地域についてはどういう状況、環境にあったかよく知りませんが。あの頃は四国も同じように4県で2校を選んでいたという気がします。しかしはっきりした記憶はありません。

 よく考えればヘンに思うのは紀州と大和の紀和代表、滋賀と京都は京滋代表と昔の国名を組み合わせたものと県名を組み合わせた名称が混在していることです。当時はおかしいと思わなかったのですがやはりおかしいですね。

(2427)桑畑、茶畑が近くにあったのに

 今の土地に移り住んではや50年近くになろうとしています。それまでは5年以上同じところに住んでいなかったのに。

 その間の周囲、近くの団地に入居した時は働き盛りの人たちが多い団地でした。居住者がそのままであれば時代の変遷と共に高齢者住宅に変わるのも自然な成り行きです。問題は当時の建築基準で5階以下の建物はエレベーターの設置が義務づけされていなかったことです。5階の人はあの階段を上がるのは大変だろうと察します。私の団地住まい、一番高かったのは単身者住宅の4階でした。

 1戸建て住宅に移った頃の近辺は、まだ畑地が多くあぜ道には茶の木が植えられていました。畦に植えてある程度ですから単なる仕切りが目的だったか、あるいは自家用栽培だったのか。そういえば所々に桑畑もありました。玉川上水には栗の木もあったはず。

 いつの間にかそういったものはすべてなくなりました。上水の流れに沿って背の高い木々が茂っていますが、いつ栗に取って代わったのか。畑地の殆どは住宅街に変貌。当然桑も茶の木も見ることはありません。

 そもそもこの一体は養蚕も盛んだったと聞きます。しかし今は大量生産をする大手に逆らわず農家は自分たちの身の丈に合った仕事に変わっているのだと思います。たまに近くの古くから農業を営んでいた人の話を聞きますが、徐々に変わってきたものらしくいつからという認識はないそうです。

 それにしても入居時に我が家の2階から見えた富士山も星空も眺められなくなり、情緒が感じられない。反面道路は街路灯で照らされ、かつてのような暗闇を歩く危険がなくなりました。

 町の発展は寂しさと楽しさ、両面を反映しているように思えます。

(2426)タクシー

 現役時代によく利用したタクシーも退役後は殆ど乗りません。そる機会がないのです。だから料金がいくらスタートになっているのかも知りません。今月からの改定料金制度が話題になりはてというわけ。退社したあと10年ほどタクシー会社の経理を手伝っていたのにお粗末な話です。
 
 新しい体系はとりあえず都心と武蔵野・三鷹までということ。都心と武蔵野がセットになるというのは武蔵野市民だった頃に知ったことです。何故そういうことになっているのか、当時はあまり関心がなく調べていません。多摩地区に移ってから地域で違うことに違和感を感じるようになっていたのですが。多摩地区から都心まで乗る料金と都心から多摩地区に乗った時で料金が大きく違ってくるのですから。

 今回はチョイ乗りという短距離料金を設定、短距離なら以前より値下げ、長距離なら逆に高くなるというのですから同じコースを乗ればどういうことになるのやら。

 昔乗ったタクシードライバーの中には客に文句をつける人がいました。その頃でしょうか、有名人が運転手を殴りつけたとか言うニュースが多く流れたのは。有名人だけにおとなしくというのは酷な話と感じたことがありました。私もそんな衝動に駆られることがありましたから。

 夜行列車で朝東京駅に着き、銀座の東京温泉で汗を流して出勤と思いタクシーに乗ると「こんな近距離なら歩いて」と。朝早くから長時間客待ちをしてこれだけだと採算が合わないというのです。黙っていると一方通行だからと新橋まで走って一方通行の道に。昭和通りから行けばもっと短くなるのに。

 かと思えば24時頃の銀座から国立へと言った時は、こんな時間にそんなところまで走ると戻ってからの商売が出来ない、渋谷あたりだと戻ってまた商売が出来るのにと。お客側からすればどこだって気前よく乗せてくれればまた乗ろうという気になるのに。

 ある時本社から来た上司と一緒にタクシーを利用し、降りる時に「有り難う」といえばその上司が「有り難うというのは運転手だ」と。たしかに何かが狂っていました。しかしそう言わねばならぬほどタクシーが掴まらない時でした。

 さて近距離メーターが取り付けられたタクシードライバー、これからはどういう挨拶になるのか。

(2425)一日しゃべらない

 1日おきのペースでブログを発信していますが、考えてみればデーサービスに妻が出かけている日の日中はほぼ一言も発していません。夫婦だけの二人家族ということはこういうことだと知らされる時です。妻がいれば私の言うことがよく理解できていなくても、一応会話をしているのに。

 私の友人達も少なくなり、奥さんを亡くした人も少なくありません。彼らにたまに会えばいろんなことを駄弁っていますが、気を使い奥さんの話から遠ざかった話ばかり。毎日友人と会うわけにもゆかず、やっぱり家では沈黙の時間を送っているのだろうとただ推察するだけ。

 もちろん近所の人と会えばなにかを話していますが「今日は暑い、寒い」など差し障りのない気候の話ぐらい。趣味の会などでは雑談が飛び出しますが、そういう時しかしゃべらないということにもなります。

 学校や会社時代だと何かとしゃべらなければ仕事にならない。毎日会う相手がいなければこんなにも寂しくなるものなのでしょうか。誰かに電話をして話し合うのも、見えない相手が今どういうことをしているかわからなければ迷惑になると考え、つい遠慮をしてメールの利用。声は必要ありません。

 カラオケの先生は歌うのも発声するということでよいことだというのですが、住宅地の中の我が家、防音装置はなく大声で歌えず。小さい声で口ずさむことがあっても発声に役立っているとは思えません。

 普通の講堂ならマイクを必要としなかった私も今はマイクを通しても声が届かないかも。趣味の会で集まった人たちとの会話でも、何度か聞き返されるほど声帯の発声力が弱ってきたように感じています。お互いに高齢者とあっては相手の耳も弱ってきているかもしれないし。

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