(1391)家庭内教育

 先日、まもなく2歳の誕生日を迎える孫の動画を息子が送ってきました。嫁の友人が贈ってくれたという電車の乗り物玩具に乗り、レール上を運転手気取りで走る姿でした。

 電池で走るのでしょうか、本人がハンドルを操作していますが電車は走り続けています。現物を見ていない私にはどういう動力になっているのかわかりません。

 息子が小さい頃にも乗り物玩具を与えましたが、本人は汽車にまたがり足でけって前進するものだったと思います。.

 子供はどういうわけかこうした乗り物が好きです。乗り物の無い時代の子供がどういうおもちゃで遊んでいたか知りませんが、私も母の実家に預けられていた頃は木馬に乗って遊んでいる写真が残っています。

 そこでもう一つ思い出したのはそろばんを裏返し、その上に乗って遊んだことです。当時五つ玉の大きなそろばんはちょうど子供の足が乗りました。

 旅館業の実家、帳場にあるそろばんの珠が動きやすいようによく磨かれており、乗ればするするっと走ります。

 当然すぐ家人に見つかり、商売道具で遊んだとこっぴどく叱られましたが、それが祖父だったか祖母だったか。誰に叱られたのかの記憶は喪失しています。

 しかし商売道具を遊びに使ってはならないということを祖父母に教えられた気がします。日常の行為から子供は家庭内の教育を受けてきたのです。

(1390)食べてすぐ寝ると牛になる

 親から聞いた昔の格言の中で迷信といいきれるものはあまりないと思います。それなりに理にかなっているので改めて昔の人はいいことを教えてくれたと感謝するぐらいです。

 夏の暑さでへそを出して寝ていると「雷さんにおへそを取られる」と嚇されたものでした。当然寝冷えを警戒したものです。現在のように冷房が効く時代では死語になるのかもしっれませんが。

 つい格言に逆らうのは最近歳のせいか、夕食後すぐ寝たくなる習性。毎晩晩酌を欠かさないためかもしれません。

 食べてすぐ寝ると牛になるとさんざん聞いて育ったのでしたが。会社勤めの時には外で食べることが多く、1時間電車に揺られて眠気も覚めていました。従ってそういう諺を意識する必要がありません。

 毎日が日曜になってもそれまでの習慣が身についており、食後すぐに横になれませんでした。

 最近は違うのです。おなかが一杯になるとすぐ眠気が襲います。どうかすると風呂も忘れて。

 まだ家内が起きていることもあってつけっぱなしのテレビが、医学の時間かなにかで食後すぐ横になるのは器官の消化を妨げるので絶対止めることといっていました。

 同時に牛になる格言を思い出しました。ああ、あの格言も生きていたのだと知らされた一抹。

(1389)通信障害

 どうしたことでしょう。携帯電話会社に関わるトラブルが多いこと。先日私も被害に。ドコモの携帯がうまくつながらない。メールだったのですが。

 私は現在リタイアしていますが、電話相手が現役だと昼間電話をするのは気が引けます。仕事中に電話に出られるのかどうか。

 私が現役の頃であれば、携帯なんて便利でやっかいな品物がありません。急用以外は会社に電話しないように家族にいってありましたが、それでも緊急電話といって何度か電話がありました。

 固定電話ですから会社の誰かが「電話ですよ」と受話器を渡してくれます。それで一応同僚、上司も私に誰かから電話があったとわかってくれます。

 携帯はそうした人を介在しないで直接本人にかかりますから、かえって気を遣うように古い人間は考えてしまうのです。そこで今はとりあえずメールをして、先方の都合がよいときに電話をかけてもらうという習わしになっています。

 従って時間を急ぐ必要もありませんが、それでもメールが送れないとなると。もっともこの時は再送すれば送れたので問題ありません。

 ドコモに続きKDDIも。どうもスマートフォンに原因があるようです。携帯からスマホへという時代に逆行するような出来事。それを利用数が想定外だったとは。

 便利のいいものはみんなが使う。当たり前のこと。どうもライブドアの誰かが言って以来「想定外」ということばをみんなが使いたがるようで。

 ドコモは重役が報酬の一部を返上するということですが、いつも考えます。いったいいくらになるのだろうと。

 ドコモは今回のトラブルに懲りて500億円を投資し再発防止の方策をとるそうです。利用者の便を図るのですから当然のこと。

 責任を取って経営者が報酬を一部とはいえ返上するのも仕方ありません。投資総額にはとうてい及ばないでしょうが。

 そこで気になるのです。社長一人が返上するのなら20%のいくらカットといっただけで、報酬総額がわかりますから公に数字を出せないでしょう。

 しかし大勢いる役員全体で10%から20%、総額何百万円をカットするという報道なら出来るはずです。発表可能な数字ならせめてこれぐらいを役員で負担しますという意気込みを見せるためにも発表して欲しい。

 報道陣もおざなりな記者会見の結果だけでなくそこまで追求すべきではないでしょうか。

(1388)低所得者救済

 よく気のつく政府です。税金を上げねば日本の将来は無い。現状を見れば誰の目にも明らかなこと。でもできれば避けて欲しい。とくに消費税は定率制のため低所得者の負担が大きい。

 そこで低所得者には消費税を払ってもらう代わりに毎年1万円程度を現金で払い戻そう。そういう案が練られているそうです。

 現金を払い戻す、商品券をあげる、こんな政策は過去にも何度か試され、いずれもその効果が出なかったのに。

 低所得者が期間中どれだけの商品を購入するか、家庭により差があると思います。それを一律定額を毎年。うーん。

 国としては個々の家庭状況を調査するより簡単です。低所得者が何人いるか知りませんが、仮に100万人とすれば100億円ばらまけば国の責任を果たしたことになるのですから。

 それにしても毎年100億円、これを低所得者の報酬アップか雇用促進に使えば結果は何倍にもなるのに。そもそも低所得者とはなにを基準に言うのでしょうか。とりあえずは税金を払っていない人のことらしいのですが。

 税金を払っている人から税金を払っていない人に恵むという考えもおかしい。表現はまずいですが実際そうとしかいいようがありません。

 税金を払わないというのはそれだけすでに利益供与を受けているのです。さらに消費税分を返すというのは二重利益になるのでは?

 年金生活でもわずかながら税金を払わせてもらっている私らの層と、払わないでよい層との線引きも問題になるでしょう。矛盾が多すぎます。

 将来を見越さずその場限り、自分たちの政権だけ維持できればという考えからの発想としか考えられません。

 昭和35年に平凡社から発行された「日本残酷物語」を読み返しています。沖縄がまだ米軍統治下にある時代ですが、明治維新前後の琉球諸島が清国と薩摩藩の二重圧政を受け、住民が苦しみのどん底生活を強いられたことが書かれています。

 沖縄県書記官として赴任したよそ者の池田成章が、住民の窮状を見かねて政府に改革を上申したが受け入れられず、沖縄の旧制改革が先送りされたことなど、現在も変わっていないと感じました。

 基地移転は沖縄のみならず日本全体の問題。現段階で米軍が完全撤退しても国民は困る、しかし沖縄政策が薩摩藩時代と大して変わっていない矛盾が現在外に出てきているのだと思います。

 沖縄に縁がなかった人を担当大臣などにする神経、官邸も大変だなと少しは同情しつつもやっぱりイライラが高じる種。

(1387)大臣枠

 矛盾だらけです。世の中は。

 昨日野田総理が通常国会開会にあたり施政方針演説。テレビ中継で全文を聞きました。

 かつての自民党総理の主張を取り入れ堂々の演説。さすが船橋駅前で個人演説会を開いてきたというだけの声量。

 引き合いに出された元首相の苦笑するような顔もすぐさまカメラが捉えて。

 確か元首相が演説したとき民主党側は反対の態度を出していたと記憶していますが。

 野田総理は演説の中で公務員と共に国会議員の定数減に触れていました。まとまれば結構なことです。それにしても国会議員を何名にするつもりなのでしょう。

 現在の定数配分が憲法違反というのは最高裁が認めているところ。しかし現在の案はどうも現在の議員の力が強いところを避け、あまり議員の力が無いところに集中しそうな気配。うーん。

 その前に大臣が多すぎます。大臣の数に合わせて省庁が出来ますから必然的に公務員の数も増えて。

 現在の内閣法では国務大臣は14人に抑えるようになっているはず。もちろん必要に応じて3名まで増員できるとの逃げ道があります。今度はそれをフル稼働しようというような。

 今回の改造内閣は総理を含めて18人の大臣。中には似たような仕事をやるところも。

 少子化対策、男女共同参画。いったいなにをやるのか一般人にはさっぱり。それを男性の副総理が。

 原発、原子力、科学、健康、それぞれ関係し合いそうな問題を複数の大臣が。勢力争いが見物。力のあるものが勝つのは生きものの世界では常道ですが。

 結局話し合いに敗れて相当の退職金を手に。うーん。

 議員数は減らすが大臣、副大臣を増やして。これで採算が合うのでしょう。特別な世界ですから。政治は魔物と聞いたことがありますが、こういう世界のことをいうのでしょうか。

(1386)言葉のあや

 与野党が逆転してはや2年半。いずれにしても与野党それぞれの第1党が入れ替わったというスタイル。

 野党第1党の総裁は「政権奪還」という言葉を使います。どういう言葉を使おうとかまいません。国民は今の政党政治に冷めていますから。

 でも奪還したあとはどうするのですか。ただ奪い返すだけでは国民不在です。おそらく消費税は上げるでしょう。やることは今の与党第1党と同じこと。他に方法が無いのですから。

 民主党のマニフェストに消費税を上げると書いていないと自民党総裁は主張します。確かにそうです。ということは自民党が政権を取り返しても消費税を上げるということを宣言したようなもの。

 違うのは民主党は10%もあげるといったが自民党は10%しかあげないというのかも。

 言葉の使い方、表現の仕方でこんなにもイメージが変わります。政治家の発言、裏返して解析するといろいろ面白いことを発見できそうです。

 やはり今年中に又総理が替わるのか、私はそんな楽しみをもって両者のやりとりを聞いています。

(1385)陣取り

 子供の頃からあった遊び、我々の頃は地面に自分の陣地を書き、相手とじゃんけんをしたか石蹴りをしたのか、方法はよく覚えていませんが、とにかく自分の陣地を増やしてゆく遊びがありました。

 将棋でも似たようなゲームがあったように思います。囲碁も結局は陣取りです。自分の陣地を大きく取れば勝ちなのですから。

 それにしても海国日本、四面海に囲まれて国境がどこだかわかりません。外国と話し合いで決めているといっても取ったもの勝ちなのは、過去の歴史を見ても明らかです。

 千島列島を領土としていた日本も、現在は固有の地であるはずの北方4島までロシアの施策化に。竹島も事実上不法占拠されたまま。人が住んでいなければ取ったもの勝ちというのが実態です。

 国際社会では純日本的な謙譲の美徳は認められません。実行あるのみというのが現実社会。頼りにするアメリカでも自国に影響ありと見れば、友好国であろうと直ちに制裁に乗り出します。

 昨日、民主、自民の国会議員二人が地元の自治体議員と共に尖閣諸島へ向かい、魚鈞島付近を回ってきたというニュースが流れました。政府は今の時期にと苦い顔をしていることでしょうが、結構なことです。

 議員たちが記者会見で語っているように、自国内に立派な漁場があり、中国漁民の侵入を防ぎきれないのに、自国の漁民に立ち入らないよう勧告しているのは滑稽でもあります。

 むしろ魚鈞島に漁港を作り漁民の生活を援助するとか、国土防衛のために自衛隊基地を置くとか、日本国土であることを証明する施設を作るべきでしょう。

 防衛基地さえ作らず遠くから監視を続けるだけでは、気がつけば他国民が住み着いてしまっている事態を生じるかもしれません。秀吉でさえ実行したように一夜城は今だったら難なく出来ること。

 2議員の行動から陣取り合戦を思い出しました。無人島はいつでも狙われやすいのです。竹島に軍関係の施設が作られてしまったように。

(1384)懐メロ歌手

 テレビの歌番組、とくに演歌歌手の出演場面が少なくなっています。男性優位、お涙頂戴というシーンが多い演歌が、今の世に受け入れられにくいのでしょう。

 そう言いながらも一部のテレビやラジオでは演歌番組が健在。昔股旅ものなどで歌謡曲を知った年代、文句をいいながらも聞いています。

 テレビ放送が始まる前、ラジオと映画しか娯楽が無い時代、NHKは自社が行うオーディション合格者しか音楽番組に登場させないという話を、芸能雑誌か新聞で見たような気がします。そのため当時売れっ子のアイドルでもオーディションに通らないため、バラエティ番組に出演させたということでした。

 自分で確認していませんから事実はわかりません。いわゆるゴシップの類で知ったことです。事実とすれば歓迎すべきことです。今でもあればよいと思うくらい。

 というのもこれだったらのど自慢の合格者の方がいいのではと思うような人が少なくないからです。一応プロで通っている人を批評する力は私にはありません。それでもどうかと感じる歌手がいるのです。

 先日自分が受けた自動車免許の高齢者講習と意味が違いますが、歌手にも高齢者オーディションがあればおそらく駄目だろうという歌手もたびたび登場するようになりました。

 この間も昔懐かしい歌手が出演するというので聞きました。ヒット作を唱っていた頃はきれいな声だったのに、高齢のためか声が出ず気の毒な感じを持ちました。

 昨年か一昨年にも高齢になった当時の売れっ子歌手が出演、やはりかつてのレコードを聴いているほうがという感想。出演者がかわいそう。

 確かにかつてのあの人はどうしているのだろうと考えることがあります。その歌手の甘い歌声が耳に残っているのです。そういう人を本人が希望したか、局が引っ張り出したかわかりませんが、脳裏に残る名歌手というファンのイメージを壊さないでと悲鳴を上げたくなります。

 やはり頭に残っている好印象はいつまでも大事にしたいと思います。

(1383)高齢者教習

 古稀を機に書き出したこのブログ、喜寿を過ぎて一年目になりました。振り返ればすでに書いたことをくり返すことが多くなっています。出来るだけ過去のものをチェックしているのですが。

 ブログを始めた頃まで5年おきだった免許更新は、高齢者教習の対象になりゴールド免許所持者ですが、3年ごとの切り替えが強制されるようになりました。

 マイカーを処分してからというもの、旅先でレンタカーを借りる程度で年に1~2回の運転。それなら返上してしまえばという声が聞こえそうですが、高齢者になるほど必要になる身分証明書が無くなってしまいます。

 現に免許を持たない家内は先日郵便局で身分証明を求められ、旅券を見せたところその2ヶ月前に失効。健康保険証と他に住民票が必要といわれ市役所へ。結局一日無駄に過ごしたとこぼしていました。

 免許証を返上すれば代わりに運転経歴書とかいうものが発行されるそうですが、これを認めない金融機関などが多く実効がありません。

 というわけで3度目の高齢者教習を受けてきました。正直に最近は殆ど運転していないということを申告して。

 私の場合今回初めての知能検査も受検、一番心配だった記憶力テストもなんとかクリアーし、シミュレーションも通過、運転実技へ。

 男性指導員は私の運転を黙って見つめています。約一年ぶりの運転、マニュアル車で免許を取ったのにオートマ車でのテスト、もっともオートマ車もレンタカーでいろんな車種に乗っていますから全く不得手というわけではありません。

 ただ最初の座席位置調整、ミラー角度の調整などが初めての車で勝手がわからず多少時間を費やしてスタート。

 スタート後は自分なりに順調だと考えていました。いきなりバックし縁石乗り上げテスト、信号確認、左折OK,右折も。そしてゴール。

 パチパチと拍手かと思えばとんでもない話。殆ど乗っていないといっても公道ではそんなことは許されない、毎日運転している人と同じように運転しなければならないと説教が始まります。

 最近乗らないといういいわけが通らないのはよくわかります。しかし商売というものの教員はよく見ています。植え込みのある交差点、二度停止をせず単に一度止まっただけの左右確認、しかもその時の車の左右への寄せ方。自分の運転技量に甘えて漫然とした運転操作だともうぼろくそ。

 危険と隣り合わせの自動車運転ですから厳しいのも仕方ありませんが、それにしても運転講習の指導員、何故あんなにぼろくそに言わねばならないのか。

 数十年前、晴海の教習所で免許を受けたときの教員、その後の高齢者講習で出会った教員、みんな人の欠陥をよく見つけます。職業柄と思いますがそれにしてもよく見ており、いつも激しい口調で怒鳴り、それが的を射ているためこちらも言い返すことが出来ません。

 言い返したところで結局こちらに跳ね返ってくることですから、こちらも受講証をもらうまでの辛抱と黙って説教を聞くしかありません。

 いずれにせよ商売は厳しいものと感じざるを得ません。

(1382)必修科目

 学校を卒業して数十年。「必修科目」とは懐かしい呼び名です。私たちの頃は「必須科目」ともいっていましたが。いずれにしても学校で卒業までに必ず履修しなければならない学課です。裏返せばその学課を習得しなければ卒業できないということです。

 2012年度から中学校体育教育の中で武道とダンスが必修過程に取り入れられるそうです。なにもそこまで細かく規定しなくてもよいように思うのですが、文部科学省だかもっと上の偉い人が決めるのか、よくわかりませんが場当たり的な決め方のような気がします。

 教職課程を志さなかった私は詳しく覚えていませんが、単純に国・数・理科と地理・歴史のいずれかを選択するというような大まかな制約だけだったような気がします。その中にはもちろん体育もありました。

 しかし体育の中でなにをやろうが学校任せではなかったかと思うのです。そのため前にも書いたように、転校した高校ではラグビーが絶対、野球はやらないというところだったため、体育の点数が悪くなりかろうじて卒業点を取っています。

 体育の中で武道とダンスを必修科目にするとまで制約をかけるのはどんなものでしょう。むしろ生徒の自由な成長を阻害するのでは無いでしょうか。

 音感に秀でた子がいればそうでない子もいます。その子でも作詞のための感性を持っているかもしれません。

 学生時代私はソーシャルダンスに憧れがありました。でも音感にすぐれているほうで無くステップが踏めません。かといって練習で上達するようなものでもなさそうです。

 科学研究のための予算を減らすのに、新しくダンスを教える教師の育成に力を注ぐという文科省。どうもその考え方が理解できません。

 あまり場当たり的な政策をとらない方がよいと思いますが、長期ビジョンでそれが将来どういうメリットを導くのか迄考究する人はなさそうです。

 以前から問題になっていた道徳教育についてはどうなったのでしょう。昔は修身として小学校に入ったとたん真っ先に教えられたものでしたが。

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