入社した頃、神戸の海岸通りに沿うように貨物の引き込み線が並行して走っていました。東海道本線灘駅から川崎造船の方向に向かい兵庫駅でまた本線につながっていたと記憶しています。
途中の工場に引き込まれていたのでしょうが、そのあたりのところは覚えていません。東京勤務をしている間にも神戸は様変わり。海岸通りの上に高速道路が走り、いつの間にか貨物線が消えました。
発端の灘駅にももはやその名残らしきものがあるだけで、レールはなくなっています。まして高速の下に貨車が走っていた時の面影はありません。
東海道線は尼崎の工場地帯を抜けているため、かつては沿線の各工場に引き込み線が敷かれていました。製紙会社、ビール会社、重電会社等々に。
最近同じ路線を通っても殆どの引き込み線は撤去されています。製品輸送がコンテナートラック等に置き換えられてしまったからでしょう。
私は晴海にあった教習所で運転免許を取得しています。仮免時代は晴海から東雲方向に、そして越中島通りを抜けて教習所に戻るコースをよく走らされました。
その頃晴海にあった国際展示場に抜ける道路に引き込み線があり、踏切一旦停止の練習をそこで経験するようになっていました。しかし運転中一回も列車に行き食わしたことがありません。
なぜそこに引き込み線があるのかさっぱりわかりません。おそらく貨客船の出る晴海埠頭への輸送路だったのだと思います。
そういえばかつてはあちこちにそうした引き込み線の踏切があり、遮断機のないところも多く、免許取り立てで見知らぬところを走っていてよく驚かされました。何しろ予想もしないところに踏切があるのですから。
工場地帯を走るときは要注意です。確かに「クロスウエー」の標識があるのですが。それでも夜間、突然車ががたがた揺れ踏切を乗り越えたとわかったことも数度ありました。
立川のメイン道路にも立川基地に通じる引き込み線が横断していました。遮断機どころか警告音も出ません。さすがに地元の人間としてその存在を知っていますからそこでは一旦停止を励行していました。
しかし地理勘のない車でしょうか、ノンストップで通り過ぎたり、あわてて急停車したりという車をよく見かけました。
気がつくと、列車が通過するときには駅から係員が来て、手旗で車を止めていました。航空燃料を満載した長い編成の列車が通るのですから、それぐらいの注意は当時の国鉄側でもはらっていたのです。
拝島駅から米軍横田基地に一本のレールが走っています。基地への輸送ルートになっているようです。最近マイカーがないためそのあたりに行きませんが、新しい地図を見ても描かれていますからまだ活躍しているのでしょう。
引き込み線はJRのみならず私鉄にもよく見受けられます。西武沿線にはブリヂストンの工場があります。本線のすぐそばにある工場ですから引き込み距離もそれほど長くありません。もちろん道路を横切らないため踏切もなく、レールは昔通り工場内に引き込まれています。
しかしトラックが何台も構内に入っていますから、引き込み線としての機能を発揮しているのかどうかわかりません。レールのさびを確認するほど私に関心があるわけでもなし。
高速道路の発達に伴い一時期トラック輸送に切り替える動きが多く見られました。その高速も幹線は慢性渋滞に悩まされています。列車輸送はコンテナー輸送になり高速化されたため、企業も見直しを始めているそうです。
そうなればまた引き込み線の価値が高まり、工場内にレールを引き込むところが増えるのかもしれません。省エネ、エコの観点からも好ましいことと考えます。
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