(855)自然に集まる切手
もともと切手の収集癖はなかったのに。あちこちかる来る郵便物を見ていると中には珍しい切手があります。少しはきれいだなと切り抜いて保存しているうち数が集まりました。


従って私の切手アルバムは使用済み切手が圧倒的に多いのです。それでもテーマを決めて整理してみるとずいぶんいろんな切手が発行されているのに気づきます。
使用済み切手は「なんでも鑑定団」に出しても無価値なものが多いでしょう。でもそういうことに無頓着、価値というよりこんなにいろんな種類の切手があるのかと感心して眺めているだけの私には、消印があろうと無かろうと関係ありません。
美術品を取り上げた切手、イベント開催を記念して発行されたもの、空港などのオープンを記念したもの、最近は個人の記念切手、たとえば結婚式の引き出物につけて配る切手なども作って呉れるそうです。

テレフォンカードや鉄道のオレンジカードなどにも個人の要望に応えるカードを引き受けてくれましたが、IC カードの普及でそういったものも見られなくなりました。
携帯電話の普及で多くは即時に返事の出来るメールが主流となり、郵便事業は危なくなっています。電報は今や冠婚葬祭の場で利用される程度になりましたが、いずれは郵便もそうなる運命でしょうか。
もしそうなれば切手の存在感も薄れてしまいます。今でも手紙や小包を窓口に差し出すと切手でなく、スタンプを押したシールを貼っています。ますます他種類の切手が発行されながら実際に使われる場面が減っているのです。


そうした風潮と反対に漱石らかつての文人が出したという手紙類があちこちで公開されます。個人の手紙を公開することの是非があるかもしれませんが、メールに年賀状の役割が奪われ、手紙の交信が少なくなるとしたら、味気ない社会が現出することになります。
「消去」の指令と共に消えてしまう文に比べれば、たとえ読みづらい文字でも紙に残された筆跡は筆書の心を後世に伝えてくれるのですが。その手紙に貼られた切手と共に。
私の切手アルバムも新しい切手があまり追加されなくなりました。
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