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(2536)介護日誌 8

 2015年の2月頃、ともに近くのスーパーに買い物に出かけると道であった人に会釈をする。なんでも会社で良く会う人だが名前が思い出せないと私に聞く。その会社に勤めたことがない私に思い出せるわけがなく、何より会社を辞めて20年も経過しているのによほどの親友でない限りお互い覚えているというのがおかしい。

 まだ介護になれない私はついそういうことを指摘するのだが、あとで主治医にそういう病気だからいちいち反論しないよう注意を受けてしまう。

 夕食を支度するときも寝室に閉じこもり、手伝って欲しいと呼びに行けば姉夫婦がキッチンを使用しているからと降りてこない。姉夫婦も彼女の実家や外で待ち合わせたりはするがお互いの家庭に顔を見せることは久しくないのだが。

 3月には一人で出かけたカラオケ会場からの帰宅途中、道がわからなくなり持っていた携帯のかけ方も忘れて、やっと見つけた最寄り駅でやっと帰宅コースを思いだしたと、かなり遅くなってから帰宅した。心配して電話を呼んだのだが通じないのも当たり前。携帯の使用法を全く忘れてしまったらしい。

 初夏にかかる頃には夜になってから帰宅すると自分の衣類、化粧品を纏めだしたり妙な行動をするようになった。

 旅行に連れ出せば多少雰囲気が変わるかと考え、北陸新幹線を利用しての黒部アルペンルートをまわることに同意したので長女にも同行してもらって久しぶりの家族旅行。道中は楽しそうだったが帰宅後かなり疲れたらしく熟睡。娘からは今後付き合わないと宣言されるほど迷惑をかけてしまった。

 介護認定も下りたので週1回のデーサービスを担当のケアマネに依頼した。クリニックの看護士、ケアマネ達が私の体が細って来たと心配してくれるほどズボンもだぶだぶ。

 秋になると朝が遅く夜は遅くまで床に入らないようになった。本人自身が自分の頭が壊れたというように思考力の衰えが目立つようになった。

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