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(2544)眼鏡

 私が眼鏡の世話になり出したのは浪人時代のこと。最初の大学入試までは眼鏡が不要だったのに。高校卒業で最初の大学受験は国立大学の単願。いわゆる滑り止めはしていません。

 今のような全国一律の共通試験はまだ実施されていない時代です。国立、公立大学の受験日は全国で統一されており、東大、京大のように競争率の高い大学は一次、そうでない国・公立の大学は二次と二回に分けられていました。二回しかチャンスがないわけです。

 私立大学は国・公立大学とダブらない日に試験日を設定していました。多くは国・公立大学より前に試験を実施し、国・公立大学入試の結果発表前に合格者の授業料を徴収して他大学に流れるのを抑える工夫をしていました。重複受検をするのは経済的な余裕がないと無理といえます。

 そんなわけで母子家庭となって母に育てられた私の場合も複願というのは出来ません。一発勝負に敗れ1年だけ猶予を貰って予備校通い。予備校も少ないため希望者が多く、大手予備校は選抜試験がありました。

 急速に視力が落ちだしたのはその頃です。眼科医の勧めでついに近視用メガネを。母にずいぶん迷惑をかけたものだと思います。妻は遠視。眼鏡は不要と着用していませんでした。私の定年と前後した頃からメガネを着用するようになりましたが、そのきっかけがどうだったかよく覚えていません。

 その妻も今はメガネがないとウロウロするのは老眼が混ざっているためだと思われます。さすがに風呂に入るときは二人とも眼鏡を外しますが、寝るときにも眼鏡を外さなくなり、危ないからと無理に外させます。そういう時に「何故そんな細かいことを」と怒り出すのは病の影響でしょう。

 「夢はメガネがなくても見られるから」と説得して一応外させてもいつの間にかまた。

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