« (2586)介護日誌 18 (18.03.25) | トップページ | (2588)骨皮筋右衛門 »

(2587)「記憶にありません」から「刑事訴追の恐れ」へ

 先日の国会における証人喚問、証人はさかんに「刑事訴追の恐れがあるから返事ができない」と繰り返しました。結局議員さん達はなにも明らかに出来ずテレビを見ていた国民もがっかり観があったのは否めません。

 こういう言い分けが利くということは国会より司法の方が重いと言うことになるのでしょうか。裁判に一般人も参加させる時代にこういう国会軽視のような行動が許されるのはおかしいと思います。

 そこで思い出したのがかつて「記憶にありません」と繰り返した証人がいたこと。今回の「刑事訴追」は昨年か一昨年国会が呼んだ、問題の学園理事長も同じことを繰り返した記憶がありますが、それでもいくつかのことは明らかになりました。

 「記憶にありません」と言われれば攻める方法がなく、今回の「刑事訴追の恐れ」でコマをなくしてしまい証人本人が「真相は明らかにならなかったと思う」という発言にも反論できない現実。

 この上は中学生棋士に攻め方を教わらねばならないような複雑な気持ちを抱きました。

« (2586)介護日誌 18 (18.03.25) | トップページ | (2588)骨皮筋右衛門 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (2587)「記憶にありません」から「刑事訴追の恐れ」へ:

« (2586)介護日誌 18 (18.03.25) | トップページ | (2588)骨皮筋右衛門 »