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2018年3月

(2587)「記憶にありません」から「刑事訴追の恐れ」へ

 先日の国会における証人喚問、証人はさかんに「刑事訴追の恐れがあるから返事ができない」と繰り返しました。結局議員さん達はなにも明らかに出来ずテレビを見ていた国民もがっかり観があったのは否めません。

 こういう言い分けが利くということは国会より司法の方が重いと言うことになるのでしょうか。裁判に一般人も参加させる時代にこういう国会軽視のような行動が許されるのはおかしいと思います。

 そこで思い出したのがかつて「記憶にありません」と繰り返した証人がいたこと。今回の「刑事訴追」は昨年か一昨年国会が呼んだ、問題の学園理事長も同じことを繰り返した記憶がありますが、それでもいくつかのことは明らかになりました。

 「記憶にありません」と言われれば攻める方法がなく、今回の「刑事訴追の恐れ」でコマをなくしてしまい証人本人が「真相は明らかにならなかったと思う」という発言にも反論できない現実。

 この上は中学生棋士に攻め方を教わらねばならないような複雑な気持ちを抱きました。

(2586)介護日誌 18 (18.03.25)

 一人歩きは方向感覚が無くなり、自宅がわからず帰宅できなくなっていることから私が同行して散歩に出かけるとき以外外出しなくなった。そのためか足腰が弱くなり、ベッドから1人で立ち上がることもできない。

 和室で寝るためベッドを置かないようにしていたが、ケアマネ達の和室に入るベッドのレンタルを利用することを奨められ、踏み切った。この際介護用品のレンタル制度を活用するようにとの助言で外出用歩行器なども検討中。

 カタログを見るとほんとうにいろんな器具がレンタルに供されていることを知る。これも勉強の一つかと検討中。とにかく普段徒歩7,8分のところにあるクリニックに行くにも途中で休憩しなければならないのだから。

(2585)ニュースの顔

 冬季オリンピック、パラリンピックが終わりスポーツ界は休養かと思えば、大相撲に選抜高校野球、プロ野球も間もなく開幕。スポーツファンならテレビ観戦も忙しいシーズンです。

 NHKはEテレやサブチャネルまで使ってこまめに各種スポーツ中継を見せてくれます。それぞれにテーマミュージックをつけて。

 スポーツ中継のテーマは戦後早く取り入れられたというような記憶がありますが、各アマスポーツにも入るようなことはいつ頃から始まったのか覚えていません。ただニュースのテーマは戦時中に聞いていました。日本軍の活躍と撤退が始まった頃から。

 NHKの朝ドラは現在、太平洋戦争が始まった時代を描いています。この頃にはまだテーマ音楽はありませんがその後、ニュースの始めに大本営発表が置かれるのが常になります。放送に女子アナはいませんからすべて男性の声。とくに大本営発表などは軍人のいかつい声。

 国民を下に置いた態度がありありとラジオを通して感じられました。いわゆる上から目線。今、共産国の放送でも女性が勇ましくアナウンスしていますが、とげとげしさが見られません。日本が戦争をしていた時代との差を感じるのです。

 時々中国や北朝鮮の国営放送の様子がニュースに出ますが、北朝鮮のニュースを読む女性アナ、自国の祝い事には穏やかな笑顔、他国を非難するときの表情は険しく顔が演技しているようで見ていて面白い。いまのにほんがおなじたちばにおかれればやはり同じような表情が見られるのか気になり出しました。

(2584)腕の組み方

 どうでもいいことながら考え出すと気になって仕様がない、といったことがままあるものです。ラジオ体操の腕が重なるとき、左腕が上になるのか、または逆なのか、といったことでも気にするとどうなっているのか。

 ラジオ体操を習った小さい時は文字通りラジオ放送または学校のレコードを聴きながらですからそんなことに気を取られません。ところが今はテレビでも体操番組を取り上げ、その中でラジオ体操第1,第2を見せてくれます。

 近くの団地公園に毎朝有志が集まってラジオを聞きながらラジオ体操を実施していますが、そういったものに参加していない私はテレビの講師たちが実演してくれるのを見ながらラジオ体操を行っています。

 学校で体育の講師は生徒のほうに向かって体操をするため左右逆の演技をしている。だから生徒は講師がするとおりに、たとえば先生が右足をだしたとき生徒は左足から、という具合でした。

 その頃は気がつかなかったのに今になって気になりだしたのは、腕が重なる場合右が上か左腕が上になっているのかという疑問が出てきたのです。足を出すときは動き幅が大きいのでわかりやすいのですが、腕組みの場合は瞬時の動きですからよく見ていないとわからない。

 結局複数の講師が手本を見せるのをよく見ていると左が上になるモデル、右を上に重ねるモデルとまちまちになっていることがわかったのですが、そんな些細なこともよく考えるとわからなくなってしまう、そんな出来事が結構世の中に多いと感じるのでした。

(2583)しらす

 大岡越前のドラマを見ながらの連想はなぜだか「しらす」。敷石の白州と魚の白子がごっちゃになっているのですが、漢字がなければ勘違いが起きます。昔、表意文字、表音文字という区別を教わった意味がわかります。

 それにしても魚の白子という呼び方も実は上京するまで知らなかった言葉です。ただ高級魚と違いどこでも見られますから、店頭で実物を見てすぐちりめんじゃこのことかとわかりました。

 白いちりめんじゃこに醤油をかけ、熱いご飯の上にかけて食べた旨さを思い出します。今日でも早速やりたいのですが、私に取り付いた嚥下障害のおかげでこんな小魚でもえらがのどに引っかかり、胃袋に落ちず吐き戻してしまいます。

 なまじっか食欲があり、腹はグーグー。うまそうとみて買い込んでしまうのですが、結局無駄にするはめに。その延長線がドラマを見ても食べ物に神経が。越前ならどういう裁きを見せるか。

(2582)案内広告

 定年退職をした20数年前、大都市で発行される新聞の案内広告は1ページ以上の面積を占めるほどの量。それが今は1段にも満たない有様になっています。当時案内広告を出稿していた広告主業種は求人と不動産でした。  

 いわゆるメーカー広告はインターネットに流れたというのを実感しますが、ネットほど広域を相手にしない案内広告主はどういう方法で補完しているのか気になります。折り込みやチラシの量は当時とそれほど変化がないように見え、とくに案内広告の領域が流れたという様でもなさそうです。

 映画演劇の座館名と演目を並べた興行案内も1段ぐらいあったはずなのに今は数館しか見られません。ということは生活者側から見れば選択の幅がなくなったように思われます。もっとも知りたいという側もスマホでちょっと検索すれば欲しい情報が得られますから実害があるというほどのものではありません。

 先日、趣味の仲間たちが集まった際に話題になったのは、最近の若い子はパソコンのキーボードが扱えないらしいという話。私ら高齢者の若い頃はパソコンが未開発、当然キーボードの扱いに不慣れ。当時若い人たちが原稿を見ながらキーボードを見ないで操作する姿に感心したものでしたのに。現代の若者はパソコン時代を過去のものとしてスマホ時代。車内で見かける彼らは確かにスマホを片手で巧みに早く操り、横からのぞき見する時間も与えてくれません。

 文明の機器があまりにも早く我々の前を通り過ぎて行くのに気を取られ、新聞の案内広告の行方どころではありません。

(2581)懐かしいラジオ放送

 テレビのない戦争時代。新聞とラジオだけが情報源でした。それも短波放送の受信は禁止され、短波受信機も所持することが許されません。

 戦争が日本に有利なときは軍艦マーチの勇ましい響き、「大本営発表」に続き戦勝のニュースを伝えていたのが、いつからかテーマソングは海ゆかばの曲に。しかし「負け」という言葉は一度も聞いていません。「転進」という言葉を事実上負け戦の時に使っていたように覚えています。

 とにかく戦争が終わり、現在のNHK放送だけにしても明るいニュースが電波に乗るようになり、上級学校進学のための受験勉強をしながらラジオを聞いていました。まだ「ながら族」という言葉は生まれていませんが、その表現がぴったし合う気がします。

 今は北からの次は南から地名を読み上げる天気情報は当時はどの時間帯も北から読み上げていました。「稚内、北の風、晴れ、風力3」という具合。商品市況、株式市況の放送も印象に残っています。おかげで山国に疎開しなが「スケソウダラ」といった魚とか野菜の名を覚えました。合わせて企業名も。

 ニュース以外では宣伝になるとの理由で企業や商品名を使わない当時のラジオ、それでも株式市況では企業名を読み上げていたのは今から見れば滑稽。

 民間放送が始まり、一挙に沢山の電波が入ってきたときは驚きました。中波ラジオでも夜になると海外からの日本語放送が聴取できました。勉強そっちのけで夢中になって聞いたものです。

 ラジオで世界を知り、新聞で文字を覚えた世代ということになるのでしょう。こうした情報伝達機関が最近元気が無くなっていることに寂しく感じるようになりました。

(2580)4本柱と3本の矢

 間もなく大相撲の大阪場所が始まります。以前は春場所と呼ばれた本場所。さて今回は横綱全員が千秋楽まで務めてくれるか。

 今は土俵の柱がなくなりテレビ観戦の障害になりません。考えてみれば立派な屋根があるのに柱がない。4隅は房が垂れ下がっているだけ。中継のアナは赤房下というような表現。テレビがなくラジオだけの時は確か黒柱とかいっていたはず。テレビ中継が始まるため見やすいように柱を外したとか。奇妙な屋根といえばそれまでですが、テレビ観衆の期待に応えた良い思いつきだったと思います。

 相撲の4本柱はそれで良いのですが、多くのものは4本の柱で支えられています。自分で陶芸をやっていて感じるのは4本というのは丈夫そうに見えて案外不安定な本数だと感じることがあります。むしろ3本の方が安定するのです。

 たとえば茶碗の高台、4本の足を付けるとテーブルが反っていたりするとグラグラ。しかし3本足だと多少の凹凸があってもぐらつきません。椅子についても同じようなことが言えます。もっとも3本足の椅子というのを私は診たことがありませんが、あれば案外安定した椅子と評価されるのでは。

 昔から3本の矢は折ることのできない丈夫なものといいますが3本というのは必要且つ充分という条件を満たしているような気がします。

(2579)介護日誌 17

介護をするようになり困るのが自分のことをする時間が少なくなったこと。とくに医者通いが思うようにできないことです。昨年来医師から指摘された病気、早く医師の指示通りにしたいと思いながらも家事をやりながらではそれも思うようにゆきません。
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 デイサービス、ショートステイの時を選び、診察を受けますが別の病院を紹介されても時間帯がなかなか思うように。担当医と相談しながらですのでさしあたりの問題はないと思いますが、それだけ治療期間が延びてしまいます。
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 春になれば庭の芝生も雑草とともに伸びてきます。本来なら除草剤を撒いたり、株分け、カットなど手をかけてやらねばならないのですが、とてもそういう余裕が取れません。

 ある程度の家事は機械に任せるようにしましたが、機械もあらかじめそれなりのセットをしなければ。というわけで最近はこのブログを書く頻度も間があくようになってしまいました。

(2578)半ドンとプレミアムフライデー

 プレミアムフライデーというのが始まっているそうです。もう一つはっきりしません。中年の域に達した我が家の子どもたち、すでに別居していますがいずれもそんなことに無関係だそうです。

 確定申告に行った税務署、銀行なども通常の勤務態勢に見えました。わざわざこのことについて尋ねるようなことをしませんが、そんな雰囲気です。自動手続きができる機械がいろいろ導入されているせいがあるのかもしれません。

 私が入社した頃は半ドンという制度がありました。役所、学校や金融機関は土曜日になると半日で営業活動を停止しました。プレミアムフライデーはそこまで徹底していません。

 そもそも何故カタカナにしたのでしょう。半ドンというような呼称のほうが日本人にはわかりやすかったのではと言う気がします。略することが得意な若者はもっと洒落た呼称を使っているのかもしれません。

 プレミアムという言葉も褒賞を意味しているようで感じが良くありません。役所が考えそうなことだと思います。

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