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2018年4月

(2594)高齢のため

 しばらくブログ更新が途切れてしまいました。1ヶ月以上病院に通い、検査を受けるためです。問題は食べ物がのどを通らなくなったこと。かかりつけ医を通じ大病院に最近1週間はほぼ毎日の通院。家内の介護をやりながらですから、デイサービス施設との連携もあり、大変です。

 私の方の結論は食道の入り口を塞ぐものがあり、若い人なら管を広げる手術をするのだが、私の場合は高齢すぎて手術は非常に難しいということ。危険を伴うのでもっと設備の整った病院が良いというので変わることになりました。

 ところが連休を挟むということがあるのか、予約は来月中旬になってしまいました。その間は担当医師が処方してくれた栄養ドリンクで。万一の場合は救急の利用ということになりました。

 それやこれやでブログの更新どころでなかったというのが実情です。それにしても最近「高齢のため」というのは連続して聞くような気がします。昨年のヘルニアの手術で専門病院を紹介されたときもそうでした。「歳のことを考えると無理に手術しないという選択肢もあるよ」と。

 歯医者かどこかでも同じような意味のことをいわれた覚えがあります。高齢になれば手術に耐える体かどうかを医師は判断していると思いますが、聞かされるほうからみれば残り少ない人生だから無理をしても採算あわないよといわれたような。

 確かにそれだけの危険を冒して投資をしても元が取り返せないというのも間違いではありませんが。

(2593)法律

 同棲の結婚を法的に認めるかどうか議論のタネになっています。現行の民法は結婚について明治時代から改定されていないとか。これを変えるには憲法の修正が必要とか。それなら憲法を変えればいいのに。日本人の融通の無さが現れています。

 毎国会で多くの法律が審議されています。しかしその原典はすべて憲法に則っています。私も学生時代に憲法、民法、商法などを教わっているのでこうしたことは記憶の範囲内。ただ商学部だったため商業に関する部分だけ。他の部分は直接関係ないと重きを置いていませんでした。

 こういう部分は憲法に抵触しない範囲で随時民法も商法も改定が加えられています。現在の流れに合わせるため改定されて当然というためだと思います。

 法は社会生活を円滑に営むためのもの。それに馴染まねばどんどん改定されて当然と思います。結婚、男女差の問題も同じレベルで考えられないのでしょうか。アメリカでもロシアでも随時憲法改定が行われているそうですがそういう融通ができないのか考えさせられる問題だと思います。

(2592)介護日誌 19 ショートステイ

 ご無沙汰しがちの故郷、関西に年2、3回ぐらい戻ることがあります。しかし家内の介護が始まって以来、必ずしもうまく日程が合わず関西での会合も欠席しがちになってすでに数年。

 そうしたときにケアマネから、ショートステイをもっと活用すべきという助言を得て早速申し込んだのは一昨年の春。しかしお目当てのところはすでに満杯。他の初めてのところなら空いていると言われたのですが、家内は慣れている施設が良いというので結局見送り、3ヵ月ほど前に予約を入れて最初の利用がその年の秋でした。

 使ってみるとこれはこれで私の負担が軽くなるのを感じ、昨年春からは毎月定期的な利用にしました。このようにしておけば急に関西に行かねばならないときも振替えてもらうなどの便宜も図れ、東京である元の仕事仲間達との月例会にも一応落ち着いて顔を出すことができます。

 それ以前からデーサービスは利用していますが、夜の月例会には参加できません。そういう意味でもショートステイ制度はなかなかの価値があると得心したものでした。

(2591)団地の未来

 私が上京した昭和30年代、戦後10年を経過しても庶民の住宅事情は決してよくありません。今でこそマンションとかレジデンスだとか高級な集合住宅が流行り、公営住宅の充足率はそれほどでもないとか。

 杜氏の公営住宅は風呂場もないほど。そういう中で公団住宅は中堅サラリーマンの憧れで抽選倍率の高いこと。10回落選すれば当選率が上がるというほどでした。幸い私の場合、上京してすぐに空き家団地をエントリーしておくと3ヵ月ほど待っただけで入居できました。もっとも単身者用の1部屋だけのものでしたが。風呂とトイレは共同利用。

 時あたかも団塊世代が誕生する頃です。人口問題研究所はこの調子では近い将来、日本の人口が増えすぎて食糧難になるだろうという予測をしていました。しかしその時に高齢者が増えるという予測はしていなかったという記憶があります。あるいは人口増の計算に誕生する人の他に高齢者が増加するということも織り込まれていたのかもしれません。

 いずれにせよその頃公団住宅に入居した人たちが歳を取れば異動することがなくなり、逆に若者は団地外に飛び出して行くことは読めたはず。就職すれば転勤があっても定年まで雇用が保障される当時の会社制度ではいずれ公団住宅が高齢者ばかりになるだろうという予測はついたはずです。

 本来ならその時にこうした場合の対策を行政は考えておくべきだったのではと思います。現在公団住宅は高齢者住宅になったという声を聞きますが、そうした対策の遅れが結果を招いたような気がしているのです。

(2590)ピロリ菌

 食べ物がのどを通らなくなり、いろんな検査を受けているうちピロリ菌について陽性反応が出ました。そのため抗生物質を処方され、1週間飲み続けるよう指示されましたがのどが顆粒状の薬さえ吐き出す有様では。

 しかし自分の体、ここはなんとしてもと毎日朝晩の2回5錠のカプセルを飲みついに昨夜完飲。途中で口にのどからカプセルが戻ってきたことも2,3回ありましたが、一応成功。

 これから約1ヵ月、経過を見ることになりました。薬を飲むのも肝心ののどでせき止められるようでは。大変な思いをした1週間でした。

(2589)往診

 今は「在宅診療」というのですか?近くのクリニックには「在宅診療受け付けます」といった張り紙をしているところが増えてきたような気がします。戦後は急病になっても自宅に医師が来てくれなくなったと感じているのは私が都市部に住むようになったからなのか、それとも救急車が走るようになったからなのかはわかりません。

 都市部といっても疎開地はもちろん、青森や大津といった都市に住んでいた頃、私が腹痛や風邪をひくと親はすぐかかりつけの医師を呼びに行ったことを覚えています。自宅に電話がなかったので電話を持っている顔馴染みのお店に走り電話をかけたり、直接医院のドアをたたいてすぐ来て欲しいと頼んだ親の姿が今でも。

 夜中でも医師が看護婦を連れて駆けつけてくれ、それまでの間に我が家ではお湯を沸かして先生の来診を待ちます。手当が住めば先生があとで薬を取りに来てくれと言い残して帰られました。もちろん疎開地でも同じ。

 現在は何かあればすぐ救急車の世話になりますからまだ在宅診療を受けたときの状況はわかりません。しかし夫婦とも高齢の域に達した我が家のこと、クリニックに行く力がなくなれば在宅診療をお願いすることがあるかもしれません。

 当然昔の携帯と違うと思いますがシステムについて知っておかねばと考えています。

(2588)骨皮筋右衛門

 冬物のコート類をクリーニング屋に持って行くと、あなたはずいぶん痩せたがどうかしたのと聞かれました。友人達との会合でも同じようなことを言われます。仕方がありません。なにしろ食べ物がのどを通らず胃袋に入らないのですから。

 どうも普通の嚥下障害と違うような気がします。食道と肺に入るものを切り替える弁が狂っているなら、肺が痛いはずですがその前の段階でのどに食べ物がひっかかているような気持ちです。

 若い頃に痩せた人を見て「骨皮筋右衛門だ」と勝手なことを言っていたことを思い出しました。初めて聞いたときは本当にそういう名前の人がいるんだと思い込んでしまって笑われたのです。

 でも今は自分がそう呼ばれそうなほどに。たまたま今日はエイプリールフール。昨夜は満月。桜と満月はあまり見られる光景でないだけに昨夜は花の名所に自称写真家が詰めかけたのではと思いますが、私は満月どころかまさに骨皮さんになろうとしています。

 体重計の乗るのが恐ろしい最近。エイプリールフールでなくほんとうに今起きている現象だけに恐ろしい気がしています。

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