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(2595)「警報」と聞けば

 昭和生まれの私が初めて経験した年号交代。平成もまもなく終わります。現役時代に3度ばかりご挨拶した当時の小渕官房長官のお顔が浮かんできます。お互いの幼少時代、「警報」の言葉にうなされたものでした。

 「警戒警報」が発令されるとすぐに「空襲警報」。最近は殆ど聞かなくなったサイレンの間延びした音。すでに疎開地の上空を敵機が一杯大阪に向かって飛んで行くのに。

 あの「警報」という言葉、しばらく聞かなかったのに最近はまた度々聞くようになりました。「土砂災害警戒警報」とか「大雨洪水警戒警報」といった形で。さすがに昔のように、警戒に続く「空襲」という用語は使われませんが。

 昭和生まれの世代が少なくなるのは当然ですが、昭和初期を生きたものにはあまり良い言葉に聞こえないのです。

 身障者に対する用語同様、老人がシルバー、高齢者と次々置き換えるのが好きな日本人。それも一部自治体では良くないとして違う用語を使うようになったと先日のニュースは伝えていました。

 こうなれば「警報」に代わる用語を模索してもと考えますが、平成生まれが多数になればその必要がなくなるのかもしれません。むしろ昔に帰る懐古主義のほうが強くなるのかも。

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